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年の瀬と、新たな年に向けて…                  20002.10.06

まだ日取りは確定していないのですが、
「Galleria di Francesca」のふらんさんと、
恐れ多くも写真展をさせていただくことになりました。
場所は原宿、Gallery 華音留。
今のお仕事先の、ご好意に甘える形で。

時期はおそらく、12月第3週、
つまりX'masの前週を、
表参道ちかくで迎えることが出来るわけです。

展示のテーマはやはりイタリア中心。
けれども、すでに5年の歳月が流れた作品、
これを区切りに、
いままでの自分、これからの生活を、
考えるきっかけにできたらと、思っています。

なによりお世話になった人たち、
いつもネットで励ましてくださる人たち、
日頃は裏方タイプの私だけれど、
お会いできたら嬉しいので、
思い切って表に出てみることにしました。

思い立ったら楽しくて、
今は準備を始めたところ。
詳細が決まり次第、
ご報告させていただきます。

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Grazie,per il secondo anniversario!                  2002.08.01

本日BURNT SIENNA PHOTO GALLERYは、2周年を迎えました。
このところ本当に更新がままならなくて、ごめんなさい。
実は、最近娘の保育園ママのお仕事を手伝い初めて、そちらが何かと忙しく…
これが今の私にとってもありがたいお仕事で、
微力ながら充実した日々を送らせていただいています。

このサイトを開いて半年すぎた頃、自分の撮った写真を眺めていて、
自分はグラフィックデザインがしたかったのだなぁと、思い出しました。
写真も好きなのだけれど、それをレイアウトするのがもっと好き。
一度はあきらめた道だったけれど、
PCがこれだけ身近になった今ならできるのではないか、と、
DTPスクールに通うことにしました。

ところがその矢先に下の子ができ、
学校へは大きなお腹に電磁波シールドエプロンを忍ばせて行く羽目に。
講座を終了したのが丁度去年の今頃。
生まれる前になんとか実務がしてみたい、と焦って仕事を探したけれど、
暑いだけの夏が終わったのでした。

下の子育児は先が読めるので格段に楽。
体もぐんと楽になった頃、上のお話を頂きました。
子連れで打ち合わせして、書類のやりとりも保育園の行き帰り。
展覧会のDMや、コンサートのチラシ、HPの作成などをお手伝いしています。

学校で習ったことが無駄にならずにすんだ上に、
今後自分で仕事をしていく事ができるかもしれない、
その足がかりを与えてくれた彼女に感謝しています。
子供を育てながら、組織に属さずに仕事の経験を積んでいくことは、
実は不可能に近いと思っていたのです。

なにも子供が小さいうちに無理して働かなくても、
と誰もが思うことと思うのですが、焦っていたのには理由があります。
私たち一家は来春、夫の実家に帰ることになっているのです。
その日がじわじわと迫る中、東京にいられる間に、
自分の今後の可能性をも育てておきたかったのです。
半年後には、まだADSLも来ていない山村で新生活を始めねばいけません。
このHPもどういう形でやっていこうか、模索中です。

あれもこれも、欲張りで全てが中途半端な私ですが、
二周年を迎えられたことに感謝、またよろしくお願いいたします。

Firenzeで撮った写真を採用していただいた、わたしのGデザイナーDebut作です。>>>

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あかちゃん返り                          2002.04.01

二人目が生まれて、かれこれ丸4ヶ月。
はかなげだった彼も、ぐんぐん大きくなって離乳食まで取るようになった。
子育ても一度経験すると、まるで余裕がちがうのだが、
唯一未経験ゾーンは上の子のあかちゃん返り。
聞くと見るとでこんなにちがうとは。

それまで世界が自分を中心に回っていた彼女は、
その日を境に目が笑わなくなった。
私を見て!
フィジカル系だった彼女は、急にお絵かきがじょうずになった。

あかちゃん返りとは、生まれたその日が一番つらいのだと思っていたが、
じわじわあとから迫るのだと、今ごろ知った。
おとうとは可愛い。
でも、私も見て!!
彼女は、ママの云うことを聞くようになった。

この4ヶ月の娘の変貌ぶりに、
私の中で何かが溶けていくのを感じた。
ワタシモコウシテ、"イイコ"ニナッタノ?
子育ては意外な形で、自分のなりたちを再現して見せた。

夫ののびのび過ぎる子育てに対したわだかまりも、
自由奔放だった彼女自身に対するわだかまりも、
意外な形で溶けていき、
大人な目になった彼女は、この春たんぽぽ組に進級する。

私は自分のために、
いわさきちひろの「あかちゃんの くるひ」
という絵本を買った。
                                 

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A・E・I・O・U                           2001.08.01

NHK教育テレビでは、(月)〜(金)AM8:25〜8:30の5分間、
日替わりで様々なアニメーションを見られる。
「ニャッキ!」や「ロボット・パルタ」など、
思わず引き込まれる和製アニメも多いが、
異彩を放つのが、砂絵アニメーションの「A・E・I・O・U」
そう、イタリア製アニメーションなのである。

最初に見たとき、私は固まった。
レリーフ彫刻をする夫は、正座のまま動けなかった。
ジャコモ・マンズーの国から来たアニメなのである。
せりふはない。でも、娘も大好きだ。

イタリアの奥深さを感じられる、偉大な作品だと勝手に思っている。
番組は不定期なので、今なら見られる、としか言えない。
毎週金曜の朝、私はめったに使わない録画用ビデオをセットする。

ところで今日で、当HP開設一周年。
無愛想なこんなページに来てくださる方々に、ひたすら感謝。

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地味めしダイエット*横森 理香 著                2001.07.20

この本の著者、横森理香は何を隠そう、私の予備校時代の同級生である。
とはいっても、片やテレビにもちょくちょく顔を出す有名人だから、
"友達"といえるほどの仲ではない。
大学も一緒だったが、私とは当時から華やかさがまるで違った。
それでも卒業後、渋谷でばったり出くわしたときは、
"どうしてる?"位の会話は交わす、そんな関係。

彼女が作家活動を始めて久しいが、著作をちゃんと読んだ事がなかった。
N.Yに滞在していたときのことを、書いていたのは知っていたけれど。
ところが先日、突然ダンナが上の著作を買ってきた。
しかも普段B○○k-offでしか本を買ってこないダンナが、
定価を払ったという。(ダンナも彼女と同窓なのだが)
どういう風の吹き回しかと驚いたが、読んでみて納得。
いつの間にか彼女は、玄米菜食主義者になっていたのだ!

無農薬野菜の宅配を始めて5年後、玄米食を始めて3年で、
ジャンクフードを食べるとニキビがでたり、下痢をするまでになったそうだ。
会社は違うけれど、無農薬野菜の宅配を始めて我が家も4年、
実は最近、私も外食をすると手の決まったところに
アレルギー反応がでるようになっていたので、深く納得した次第。
私の場合、アトピー、花粉症、化学物質過敏症の一歩手前らしく、
皮膚科で検査をすると、花粉症の数値などかなり悪いらしい。
が、ここ数年はタバコを止めたせいもあってか、
こと花粉に関しては、苦しまずに済むようになっていた。

そのかわり、養殖物の魚を食べたり、出所の解らない肉や野菜を食べたりすると、
てきめんに手がかゆくなってしまうようになった。
今年は、べ〜ぷまっとの煙に耐えられなくなって、
つけるのは除虫菊の蚊取り線香。
万事高くつくけれど、仕方がない。

ただ我が家の場合、ダンナが無農薬野菜農家の育ちだったため、
市販品は何を食べても、"舌がしびれる"、化学調味料もいっさいダメで、
二十歳まで肉の食べられなかった天然ベジタリアン。
イタリアから帰ってきて、日本の野菜の味の薄さに驚いて、
更に上の子を妊娠したことも重なったので、
それまで必要を感じなかった私がついに
重い腰を上げて無農薬野菜の宅配を始めたのだった。
(ダンナにも、"おお、ついに!"と言われた)

最近でこそ、身体に反応があるのでありがたいことだとしみじみ思うが、
それでもやっぱりインスタントラーメンがいまだに好きだし、
スナック菓子にも目がない私。
社員食堂があるのにダンナの弁当を作るのと、
一日一度とはいえ、ドレッシングから手作りする夕飯づくりは、
やはりしんどい。
一人の時は、ここぞとばかりに冷凍グラタンに手を出したりする。
ダンナのような筋金入りのナチュラリストではないから、
いろいろとくすぶるものが時々顔を出す。
毎日のことなので、余程のことがないと続けられないものなのだ。

どうして理香はこんなに変わったのか?
どうして彼女はここまでできるのか?
この本を読んでいて、どんどん疑問がふくらんだ。
答えはあっさり、正直に書いてあった。
30代前半に、病気が見つかって、
それを手術せずに自然治癒させるためだったというのだ。

明るい文面とは裏腹な、動機の切実さが何より印象に残った。
若い頃はそれはパワフルで怖いもの知らずだった私たちだが、
(特に彼女は半端じゃない)
それぞれみんな、いろいろあるよなと、
真正面からAccidenti!に立ち向かった彼女から、
元気をもらった、午後だった。

ちなみに我が家は、大のら〜めん好き、
ヨコモリさんも、締め切りが迫るとデリに走る不完全主義者。
気軽に手に取ってみて。
光文社 知恵の森文庫の最新刊。

余談だが彼女のダンナはカメラマン、
夫婦二人三脚の仕事ぶりは、理想のカタチ、羨ましすぎ。

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惹かれる造形についての考察                     2001.04.12


久しぶりにVeneziaの写真を眺めて、考えた。
私はなぜ、この街にこんなに惹かれるのか?
正直言って、この街のシンボル的な造形物にはほとんど惹かれない。
退廃的な仮装行列も、さして観たい衝動に駆られない。
この私に限って、その歴史に興味があるわけでは、更にないのだ。

前々から気になっていたことがあった。
私は、つれあいもモノを造る人間である。
私は町育ち、彼は山育ち。
その差は、好きなモノ、造るものに如実に現れる。
私には、表現する紙が四角い事に違和感はないのだが、彼には不自然らしい。
まず、直線で構成されているのがいけないと言う。
育った環境に、まっすぐなモノがなかったからだ、というのだ。
確かに、彼の実家周辺にはおよそ平らなところがないし、
小さい頃住んだ家は、昔ながらのわらぶき屋根。
柱一本とってもまっすぐではなかったらしい。
そして遊び相手は昆虫、動物、木や草花。
どこまで行っても自然の中、という環境。

対して私は物心ついたときから直線(特に点線)好き。
幼稚園の卒園文集に、「『線のおけいこ』が好きでした」と書いたくらい。
世の中が人工物で構成されていた。
家の塀はブロック塀。父の塗るペンキはいつも濁ったグレー。
小さな床の間の違い棚がイキだと思っていた。
町とはいっても新興住宅街。
少し歩けば、田んぼも畑もあるのどかな町だったのだが・・・

気がつけば、私は町の中に安らぎを感じる人間に育っていた。
人が造ったものの中にいるのが私にとっては当たり前。
自然の中が気持ちがいいのは、深呼吸をすればたやすく分かるが、
ほどなく、何かが足りなく感じる。
そして、Veneziaに感じる郷愁とは・・・

やはり水だった。
私の実家は、小さな川の畔。
この川が実はくせ者で、いまだに全国の危険河川と言われる暴れ川。
小さい頃は、年に一回、近くのどこかが決壊していた。
川のすぐそばは、たいがい真っ平ら。
昔からの氾濫原で、家の前の道に丸太が流れたことがあった。
小さい頃平屋だった我が家は、少し雨が多く降ると
お向かいの家の二階に布団を上げさせて貰っていた。
私が生まれる前、あまりに水がよく出るので、
両親は新築したばかりの家を、ジャッキで持ち上げ、
1m近く盛り土しなければいけなかったらしい。
私も、川が警戒水域を越えるときは、懐中電灯片手によく土手に上ったものだ。
足のすぐ下15cmくらいのところをご〜ご〜と音を立てて流れる水。
一年に2,3度はある恒例行事。これが私の原体験なのだ。
(実は生命の危険にさらされたことはなく、結構楽しんでいたのだが・・・)

海辺で育ったのではないので、未だに潮騒は不安に感じて苦手。
そこへ行くと、Veneziaは外海に直接面していないので、海という感じがしない。
遭遇したことはないが、冬は街が高潮で水没するという。
この街の持つそういった不安定さが、どうやら私の原体験と共鳴するらしい。
住んでみたいとはなぜか思わないのだが、(やっぱり海は怖い・・・)
それでも、水辺がやはり好き。
その、水の上の人工都市なのが、惹かれる理由らしいのだ。
Firenzeも、アルノ川の氾濫で大変な被害にあったと知り、
思わずその記録写真集を買ってしまった私なのであった。

極端な解釈だが、このところ私は、
人の写真を見るとその人の生い立ちを想像してしまう。
花や木をみずみずしく撮れる人は、田園育ち。
街を生き生き撮れる人は、町育ち。
あなたはどちらですか?

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恐るべし 100YENショップ                     2001.01.14 


自宅から歩いて2分のところにあった「紳士服のA」が、
100YENショップになってかれこれ1年。
2フロアーに満載の雑貨で、およそ手に入らないものはない。
ついつい余計なものを買ってしまうので、
用の無い時は冷やかさない事にしているのだが、
今日はとあるパンジーの鉢が欲しくなって行ってみた。

素焼きの手作り鉢が手に入った(かわいい)上に、
なんとイタリア製の皿を発見!
しかも私がローマで使っていたものの色違いなのだ!
色も淡いパステルで私好み。
確かに現地でも150円くらいのものだったから、
不可能な値段ではないのだが、
遠路はるばる運んでたったの100YEN!!
大皿、パスタ皿、デザ−ト皿、カフェオレボウル、が3色。
いったいいくらで卸しているのやら・・・

イタリア製というと、何でも高級品のように思われがちだが、
断じてそうではない。
庶民の生活用品は、驚く程チープだ。
アレッシーなんて、フツーの家ではおよそお目にかからないし、
スタイルはいいのだが、値段相応、
耐久性は、無いに等しい!!
日本人は、どこに(海外)行っても思うのかも知れないが、
わたしたちは、"イタもの"と呼んで恐れていた。
交差点を渡る途中でカバンの金具がとんで、書類をぶちまける人や、
ハイヒールのかかとのとれる人、
音ばかり凄いのにまるで煙を吸わない換気扇、
もたれると外れるイスの背もたれ・・・

ちょっと思い出しただけでもあるわあるわ・・・
これが、イタリアではフツーなのだ。

私がローマで日用品をよく調達していたのも、
上野の「多*屋」をもっと怪しくした感じの量販店。
そこにその皿はあった。
ぽってりとした素朴な質感。
お世辞にも洗練されていないのだが、
アパ−トに備え付けられていたものよりはかわいらしかったので、
6枚買いそろえた。

現在わがやには、業務用だがウエッジウッド様がいらっしゃるし、
いっしょに海を越えて来たそのMade in ITALYもある。
はっきりいってこれ以上皿などなくても困らないのだが、

う〜ん・・・・ほしい・・・・

見つけたら、買い、ですよ。

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買ってしまった!                         2000.10.29


CONTAX G1 + Planar 2/45・・・

最寄りの中古屋に3台あったんです、先週。
それが昨日見に行ったら1台無い上に、
目の前で売れて行くではないか、もう1台!
つまり残りあと1台、私はアセリマシタ。

Libroに行く予定をあっさりあきらめて、
売れてゆく1台の周りを、店員の説明に耳・ダンボになりながらグルグル、
混んでいる店内を廻ること45分、(そんなに広く無い)
小雨降る中を考えること約15分・・・
ええい、この考えている時間とエネルギーがもったいない!
と、実は忍ばせて来た現金(貯金だよ、手つけたこと無かった)
で、はい、お買い上げ・・・
(この間の様子、店主にはお見通しと見え、絶妙の声かけタイミング・・・)
(こういう客を見つけると、お目当ての商品を店頭から下げちゃったりする
販売のプロも居るという。で、慌てた客に、"今入荷しました"・・・)

安かったんです、キズがあるのでさらに。
レンズ付きで¥48.000ナリ。
目の前で売れて行ったのは、データバック付で¥62.000だった。
その人も¥59.000のを狙っていたらしい。
でも、予算が浮いたのでフィルターとフードもつけてもらって、(もちろん有料)
ストラップはサービスで。(言うと奥から出て来る、言わないと・・・?)
ソフトカバーは欲しかったけれど、¥12.000もするので、我慢。

不安はあるんです、近接も0.5mまでだし、
レンジファインダーだから、仕上がりがファインダ−で見えないし。
ボディに厚みがあって、OMのカバーにも入らない。(幅もちょっと小さいだけ)
でも、IXY DIGITALを買った頃、
探していたのは本当はこんなカメラだったのかな、と今頃思う私。
もうちょっと早く気付けば良かった。
今はツァイスのレンズがひたすら愉しみ・・・

じぶんのお金で買ったのに、ダンナにはまだナイショ!
(やっぱりモメたから・・・どうせここ観てないし)
使って良かったら、さりげなく・・・
それにしても、やっぱり我慢ができない性格なのだな・・・

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近頃なぜか・・・                         2000.10.08


「Design of Doujunkai」(建築資料研究社)という写真集を買った。

"関東大震災の復興のため、東京・横浜に、
大正末期から昭和初期にかけて造られた同潤会アパート。
モダン都市の時代に、最先端のハイカラな生活の象徴だった、
このアパ−ト群は築70年を迎え、
再開発と保存の問題に直面している。"(東京人 September 2000 no.157 より)

そして、LEICA,ALPAといったクラシックカメラ・・・

最近、古くてノスタルジックなものにどうも目が行く。
愛用して来たOM-2nが、修理がきかないと聞いて、
"現在進行形クラシックカメラ化"していることに気付いたからだ。
中古オ−ディオマニアの夫を冷やかしていた私だが、
知らない間に自分もなっていた!中古もの・・・

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ラテンの暮らし考                         2000.08.21


朝日新聞 00.08.17 朝刊 家庭欄
「足元の幸せ」-ラテン流暮らし術- B
は、ローマの老人センターの話でした。
会長さんのペイズリ−柄のシャツ(男性です)もさることながら、
驚いたのは、イタリアの年金の話。
公務員に限っての様ですが、勤続20年で支給されるのだそう!
18才から働いていたら、あら、もうすぐ年金生活者ですよ、私(!)
人生違いますよねえええ・・・

そしてその夜、NHK総合。
19:35〜20:45の「地球は踊る-ラテンダンス紀行-」も面白かったけれど、
感動したのはそのあとの「星の王子様に会いにいく」21:00〜22:00。
語りも良かったし、なんといっても絶景の航空映像!!
息を呑みながら、目は釘付け、そしてジ〜ン・・・
またヨーロッパにいきたいよォ、
それに、実利追求型だった自分の人生に反省・・・

保存版!と思ってビデオをセットしておいたのに、
ダンナに切られてた。皿洗いしていて、ちゃんと見ていないのに・・・
再放送はハイビジョン、涙!(ちなみに、08.27(日)18:00〜19:00)

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夏の昼下がり                           2000.08.16

ネットでクラクラ、
たくさんの人生にクラクラ・・・
ミンナイッショウケンメイ、

ものをつくるぱわーって、やっぱり・・・

そして、こたえはじぶんにしかだせない・・・。                                 
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最初のあとがき


物心付いたころから、写真、好きでした。
高校生の頃、家にあったOLYMPAS-PENを持ち歩くようになり、
クラスメートや、朝焼けの写真をよく撮ったっけ。
(電車で置き引きにあって失くしちゃったの。最近その人気を知って再ショック)

大学生活は、鉛筆よりカッタ−持ってる時間の方が長い、職人の修行時代。
七つ道具(?)の一つに買ってもらったのがOLYMPUS OM-2N。
ハードな課題の影響で、撮る写真はすっかり記録写真・・・(川原先生、お元気ですか?)

卒業旅行は、チューリッヒ→イタリア6都市→ウィーン→ミュンヘン→西(!)ベルリン→パリと廻ったけれど、なんといってもイタリアの印象が強かった。
10年後、その地で暮らせるとは夢にも思わなかったけれど・・・

その後、つかず離れず、ここぞというときはいつもOM-2n。
特に75〜150mm望遠ズ−ムは、中古だけれど私の目の代わり。
けど、たまるんですねえプリントが・・・
'96~7年イタリア滞在のスライドフィルムに至っては、撮った本人も把握できない程。

仕事も辞めちゃったし、子供は小さいしで、おきまりの‘お家でmonmonmon’・・・
インタ−ネットの世界はそんな私の、まさに救世主でした。

このHPを、初めての海外旅行からいつもいつも付き合ってくれた夫と、
(私一人では、実は何もできない・・・)
私の、今在るすべてを黙って与えて、昨年突然逝った、亡き父に。

感謝。

                         2000.7.21. かねこ あつこ

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